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シンクロニシティ

9日にThe Police の Synchronicity を紹介したのだが、そこで意味不明とかますます分らないとか書いたので調べてみた。もちろんシンクロニシティという言葉はある程度は知っている。

分らなかったのが Spiritus mundi。ラテン語らしい。世界の精神。調べていくと Collective unconscious にたどり着く。これはユングの提唱した概念で日本語にすれば集合的無意識という表現になるのだが、多分それだけでは誤解しそうな気がする。もともとシンクロニシティもユングが発祥のはずなんだけど、そのあたりの本は読んでないから本質的なところを誤解しているのはこちらかもしれないが。

シンクロニシティは「共時性」と覚えていたのだがそれは合っているようだ。偶然の一致にしてはあまりにも有り得ないことが起こり、確率的に説明できない。厳密にいえば確率が0でなければ発生する可能性はあるのだから確率的に説明できるのだが、優位水準なんて考え方だと有り得ないほど希なことが実際に起こるのは何故か。

可能性としては、複数の人が何かトリガーとなる共通の体験をして、そこから派生した行動が同時多発的に起こる。テレビ番組を見て紹介されていたラーメンを食べに行く。これは分りやすい。しかし、テレビ番組から直接出てこないようなトリガーだと、それがテレビ番組に誘発されたこと自体が想像できない。そういうことは有り得ると思われるが、こういうのは実証し辛い話だ。

Synchronicity の曲紹介の時に「とある魔術の禁書目録」を話題にしているのだが、これもアニメのストーリーから考えると背景知識に共通点があるから、偶然ではなくおそらく同様の感覚を持った人が他にもいると思う。歌詞には missing link という言葉も出てくるが、これもアニメが好むネタだし。

但しそのような合理的説明が出来た時点で、それはシンクロニシティではなく普通の行動になってしまう。つまりシンクロニシティというのは、そのような説明が出来ない同時行動に対して、簡単に説明ができないが偶然ではないという解釈をしたものである。

そのトリガーがテレビやアニメではなく、人間に普遍的に組み込まれた宇宙の意志みたいなのがあって、そこから偶然の行動が発生したと解釈してみる。この場合の宇宙の意志に相当するのが Spiritus mundi。言い換えれば人間が意識していないところで神にコントロールされているようなもの。集合的無意識のを生み出す原因となるもの。こんな解釈でいいのかな? 心理学者が見たら論外と評するかもしれないが、あくまでプログラマー的解釈である。プログラマーは神が人間をプログラムしたという発想が好きなのだ。

Phinloda のいつか聴いた曲 (Synchronicity)


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