人事を尽して天命を知る
やることはやってみたが己の非力さというか運命を思い知る、といった感じか。パロディかジョークのつもりでたまに言ったりするのだが、
google で検索したら本当に10件ほどこの通り書いてるサイトがあって驚いた。もしかして、そういう書き方もあるのだろうかと思ったが、オリジナルは「人事を尽くして天命を待つ」が約8千サイト、「尽して」と書いてあるのが約850サイト。さらに元としては「尽人事而待天命」でいいのか? ということは、勘違いだと思う訳だが、どうだろ。
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コメント
やるだけの事はやってあとは50歳になる…意味不明ですから~。
という訳で、論語の「天命を知る」が合体しちゃったんでしょうね。
投稿: 神渡 りり | 2005.01.14 17:06
論語の天命てのはProvidence(神意)またはfate(運命)かという気がするのですが、life(寿命)だったりする可能性もあるのかな。
やるだけのことはやったがもう寿命だと死期を悟る。という意味だったりして。
(^^;)
投稿: 楊柳(やなぎ) | 2005.01.14 18:17
論語というのがなぜか思いつきませんでしたがそういえばその通りのような気がします。ここで天命というのは天から命じられたナニというような意味ですね。
子曰、吾十有五而志于学、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而従心所欲、不踰矩。FPROGのオフ会で「30にして立つ」と言ったらエラく受けたのは覚えてますが。
投稿: フィンローダ | 2005.01.16 05:16