予約図書

図書館から予約資料が確保できたというメールが来ていた。予約した記憶がないのだが、確認してみると7月に予約した本だった。予約したことを忘れていた。

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ワスノン

最近TVのCMでよく見る。物忘れの防止薬らしいが、どうしてもこの名前が覚えられない。個人的には「ワスレン」の方が名前的にしっくり来るのだが…

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乾電池

単4の乾電池を買った。ヨドバシカメラに行ったのだが、種類が多くてどれがいいのか分からない。どれでもいいのかもしれないが、値段が案外違ったりするから、性能も違うのかもしれない。

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電池

ICレコーダーは充電式の電池が入っていて、USB接続で充電できるのだが、うっかりバッテリー切れにしてしまうことがある。このとき、単4の電池を入れれば、普通に使うことができるのだが、何とカバンに入れてある予備の電池が2本とも切れていて困ってしまった。

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残業が激減

働き方改革に関連した話題なのか、朝の「めざましテレビ」で、残業時間を激減させることに成功した企業を紹介していた。職場にリモートアクセスできる可動式のタブレットを設置。ネットで接続すれば自宅にいてもバーチャルにオフィスを歩き回って社員と会話できるようなシステムを導入することで、自宅とオフィスをシームレスに…のような方法だった。

それ自宅で残業してるだけじゃね、と思ったのは私だけ?

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Gorillaz

とあるブログで毎日音楽を紹介して投稿している「Phinloda のいつか聴いた曲」は相変わらず毎日更新していて、いつの間にか3000日を越えたようだが、最近紹介した Gorillaz というバーチャルバンドの話。そのブログでは On Melancholy Hill という歌を 12月1日に紹介した

YouTube にこのバンドの 2Dと3Dを取り混ぜたアニメが多数登録されている。Wikipedia の Gorillaz を見ると、バーチャルバンドのメンバーになっている4人のアニメキャラの設定が猛烈にぶっ飛んでいて、例えば On Melancholy Hill に最初出てくる狐面のようなものを被っている少女はヌードルという名前で大坂出身の元特殊工作員という設定になっている。動画では 13番の船室にいるのがシュールで笑うところなのかどうかも分からない。

On Melancholy Hill のアニメに続く歌は、YouTube で 2010年10月4日に公開されている Rhinestone Eyes だ。

Gorillaz, Rhinestone Eyes storyboard film

この動画はアメリカンコミックのようなタッチのパラパラマンガになっている。

さて、ここからが本題なのだが、このストーリーボードをフルアニメ化したファンがいて、作品を 今年の8月末に公開した。

Gorillaz - Rhinestone Eyes Fully Animated Music Video (Fan Made - 6 years of work!!!)

タイトル通りなら6年かけて作ったことになる。ファンの動画といえば MAD が定番なのだが、この動画はストーリーボードからの完全アニメーション化でクオリティが凄い。この人がどの位のプロなのかアマなのか分からないが、 どうみても素人の作品には見えない。どんなマシンとソフトと経験があればこれが作れるのか分からないが、とにかくすごい。

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コーヒーの紙カップのフタ

エスカレーターを上りきったところで、風が強くて飛んでしまった。それが上りエスカレーターのところから落ちていったから、逆送するわけにもいかず、もうどうしようもない。

カップの方は空だったから、フタがなくても構わないのだけど、ゴミを捨てたみたいであまりいい気分ではない。

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暴力反対

殴るのは無条件によくないという人が今は主流だし、殴れば暴行罪、怪我すれば傷害で違法行為になってしまう。アントニオ猪木さんも最近は見ないが、最初に頬を張ったときは思わず手が出たという。今なら逮捕されているかもしれない。

洞山三頓という公案がある。60発ほど殴らないと分からないというのだが、この公案では実は殴られていないから面白い。暴力反対というのは簡単だが、殴ってはいけないという人はいても、言っても分からない人間に分からせるには一体どうすればいいのか教えてくれる人はいない。殴れば分かるという保証はないと反論する人もいるが、殴られて分かることがあるのも事実なのである。一生殴られることもないが分かるチャンスも与えられなかった人は果たして幸せなのか不幸せなのか。

殴られたことのない人間は殴られたときの痛みを知らない。殴っても相手が痛いということが分からない。そういうことがいじめの原因にならなければいいのだが。

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セクハラ球団

ラジオでやたらセクハラ球団と連呼するから、新しい野球チームでも出来たのかな、と思ったらどうやらセクハラ糾弾のことらしい。球団と糾弾はアクセントが違ったような気もするのだが。

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森友・加計問題と戦争

先の大戦の原因や是非について語るには余白が足りないのでスルーしたいが、「いつか読んだ本」というブログに読書感想を書いたときに、ちょっと思ったことがある。日本国民の思考パターンは、案外、戦前と少しも変わっていないのではないか。

例えば加計学園に関しては、総理の関与があったという証拠が今に至って未だ一切出てこない。何の証拠もない。やっていない間接証拠はいくらでもあるし、総理本人が関与はないと明確に言及している。それに対して「やってない証拠を出せ」という野党も凄い思うが、それはおいといて、マスコミ。

マスコミは「加計ありき」という表現がお好きなようだが、むしろ最初から「関与ありき」で話が進んでいる。そのこと自体は報道の自由だから別に構わないと思う。印象操作をしたければ、好きにすればいい。その行く先はアメリカのように Twitter ファーストの世界かもしれないが、知ったこっちゃない。

重要なのは、それを無批判に信用して関与があったと確信し思い込んでいる人が大勢いるという事実だ。ネットを見ているとそういう人がとても多いように見えるのだ。

新聞に書いてあったからそうだというのは、判断力が皆無だとしか思えない。判断力がないという前提だから一応明確に書いておくが、私は「関与がなかった」とは一言もいってない。「関与があったという証拠はない」と言っているのだ。この違いが分からないのならもうどうしようもないから、もう好きにしてくれ。

先の戦争に突入した原因の一つは、そういう姿勢ではなかったのか。報道されることは常に正しく、政府とか大本営が発表する内容は全て信用できる、信用する、そのような考え方。少し考えると非常識だと分かることすら、考えようとしない。

ちなみに、昨日そちらのブログに書いた記事では、大本営が『沖縄周辺のアメリカ艦隊の三百九十三隻はあるいは沈没し、あるいは大損害をこうむった』と発表したのに対して、著者が『 こんなに米軍が大損害を受けておれば、戦争はもう終わっているはず』と述べた箇所を紹介した。その冷静に考えれば自明のことが分からないのなら末期症状かもしれない。実際、当時は戦争末期だった訳だが、さて、今はどうなのか。

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