書評: 夜は短し歩けよ乙女
昨年、個人的にはオススメとか書いておきながら書評をサボっていたら大変なことになっている、ていうか書店で平積みになっている! 一体何があった、というのはアニメ映画が公開されてるので業界が大プッシュしているのだ。源さんが声やっているのだけど、それなら実写でやって欲しいような気もする。
ということで、今日は森見さんの「夜は短し歩けよ乙女」の書評になっていない書評である。以前紹介した「新釈走れメロス」にはここに出てくるキャラも出てくるが、こっちが本編なのだ。多分。
ヒロインは、超天然フルカラー的なありえない鈍感な黒髪の乙女。あるいは、実直なようで単にバカな先輩がヒーロー…なのか? どちらも作中に名前が出てこないので何と呼んでよいやら分からない。この黒髪の乙女は底なしに呑めるイケるクチで、初対面のオッサンと飲んで幸せになれと言われたときに、
「でも幸せになるというのは、それはそれでムツカシイものです」
(p.21)
ボソっと言うことにしては奥が深い。ポン酢醤油でも買いたくなる。
ところで、この話は舞台が京都なので、京都はまかせとけ、とても詳しい…とはとても言えないがほぼほぼ詳しい私としては、至る所に出てくる京の街なみの描写がとても嬉しいものだ。
「四条木屋町、阪急河原町の地上出口のわきでは」
(p.11)
目の前に夜の人通りの多い光景が目に浮かぶようである。どこの出口だかよく分からないが気にしない。そういえば何か先日祇園さんに行ってお願いをした後で駅に入ろうとして地下道で迷ってしまったけど気にしない。次のブラタモリが確か祇園だよな、また暗渠探すのか。とにかく京都はいい街だ。なのにあなたは京都に行くのと責められても一度は行くべきだ。
「夜の木屋町先斗町で、夏の下鴨神社の古本市で、さらには日々の行動範囲で――。附属図書館で、大学生協で、自動販売機コーナーで、吉田神社で、出町柳駅で、百万遍交差点で、銀閣寺で、哲学の道で、」
(p.156)
大学の中はよく分からんが。まあいいや。昔は初詣は八坂神社に行って、そこから気分で南に向かって清水寺まで歩くこともあれば、また気分によっては哲学の道を歩いて銀閣寺方面まで行くというのが定番で、どっちが定番なのだといわれると困るのだが、もう久しく行ってないからすでに歩けない距離と化しているかもしれない。もちろん道が延びたのではなく体力が衰えたわけだが、ポケモンGOにでも手を出して足腰を鍛えた方がいいのだろうか。地雷を踏むのは嫌だからまだプレイしてないけど。哲学の道なんて何年も行ってないからいつの間にか動く歩道になっているかもしれない。
もちろんキャラは全部変人だ。まともな人は1人も出てこない…と思う。古本屋の神様は神様だから人じゃないし、比較的マトモなのは事務局長かな。
「怪しいものの陰には、たいてい樋口さんがいるなぁ!」
「おいおい、お世辞はよせ」
(p.185)
だいたいこのノリである。空を飛べる人も出てくる。
ところで、この本の解説の「かいせつにかえて」がまたいいのである。かえているのだから解説ではないのか、意外とややこしい。この2ページに出てくるショートコントじゃなくて名言みたいなのが光っている。森見さんの作品はこの種の禅的なお言葉がサラっと出てくるので油断して迂闊に読むとチャンスの神様の後ろ髪を掴み損ねてしまう。最初に紹介したムツカシイものというのも名言なのだ。
人物紹介としては、先輩はいつものアレ的な性格だからいいとして、やはり黒髪の乙女のボケっぷりに注目したい。理想を飛び越えて妄想も凌駕したレベルの天然ボケなのだ。この二人の恋の物語というのが全編のベースクラスなのだが恋というよりもどちらかというと鯉の物語的な感じもするのだ。鯉を背負って学園祭見て回るセンスがオモチロイ。どっか置いとけよ。
センス的には日本の古いおどろおどろしい描写もわくわくする。
「岩波文庫の古今和歌集を立ち読みしたりしながら、私は古本市を抜けていき、やがて、一軒の不気味な古書店を見つけました。」
(p.129)
不気味な古書店って何なんだよ。
そんなの神田には絶対になさそうで京都的な匂いがするのだが、もしかしたら狭い路地を猫の後を追って潜り抜けたら水木しげる先生の漫画に出てきそうな老婆が店番している古書店があって、中に入るとイヒヒヒヒヒとか言われそうな感じ?【なにが】
というのはさておき、何でそういう所に入っていくのか、そこが黒髪の乙女の真骨頂で、お友達パンチという必殺技がなければ今頃行方不明になっていてもおかしくないのだが、そこはご都合主義だから予定調和的に平和な世界だ。細かい表現まで全部オモチロイので、心して読むべき本だ。なむなむ。
ところでアニメは観た方がいいのだろうか…。
夜は短し歩けよ乙女
角川文庫
森見 登美彦 著
ISBN 978-4043878024
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