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どうせ死んでしまうから生きる意味はないという人がいるのだが

全生命の存在理由を否定するという豪快な意見なのだが、理屈としては一理ありそうな気もする。

もともと意味が必要なのかという所から議論は始まるのだが、逆に考えてみれば、別に意味がないと存在してはいけないという話でもない。

星新一氏のショートショートに、あの世との通信機が発明されて、あの世が極楽だということが分かってどんどん人間が自殺してしまうという話があるのだが、その後にそれでも死なずに残る人がいるというところが面白い。死後の世界の方が楽しくても現世に残る理由があるのか、それとも理由は必要ないのか。

理由とか目的とか考えるからなまじややこしいことになるのであって、そういうのは死んでから考えた方がいいという生き方もある。

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コメント

「~する意味がある」というのは、「~するために」があって初めて意味を持つ概念ではと思うのです。たとえば、年をとったとき、自分の歯が残っていると食事がおいしくとれるので、生きていて楽しい。つまり、「自分の歯を残すことは、生きるために意味がある」ということになります。そして、「意味があるか」と聞かれるたいていのことは、「生きるために」意味があるかどうか、なのです。ですから、「生きる意味があるか」という問いは、普通には「生きることは、生きるために意味があるか」となって、(以下略)。

投稿: すのもの | 2010.02.10 17:34

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