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ブックマークしているブログが10個以上あるかという質問があったのだが

前に似たようなの書いた記憶もあるが増えているような気がするのでもう一度。

1. 裏裏
2. Phinlodaの裏の裏の裏…
3. (非公開・未設定のブログがココログにもう一つある)
4. 今日の戯言の裏 (So-net)
5. 裏表 (Jugem)
6. 裏ご意見番 (Ameba blog)
7. 幸せはいつも窓の外側にある (livedoor)
8. 裏の輪
9. さら裏 (Seesaa)
10. Phinloda's another underground page
11. 独り言 (Excite blog)

10はあまり宣伝していないし、他からあまりリンクしていないので知らない人が多いと思う。funchain に書いている(た)もので、最近更新していない。更新したいのだが英語力が足りない。ググればトップに出てくるので見たい人はどうぞ。

11は全く宣伝していないどころか他からわざとリンクしないようにしたので、google で探すのも大変だと思う。

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フィンローダの第二法則

床にモノが落ちたことが分かるのは、床がきれいに片付いているからである。踏み場もないほど床がちらかっていたら何が落ちたのかなかなか分からないものだ。

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UPSのバッテリーが劣化して警告が出るようになったので交換して古い方をメーカーに送り返したのだが

コンビニでこれを送るときに、割れ物のシールを張りますかと尋ねられたので、横置きされたらまずかろうと思って「天地無用のシールはありますか」と言ったのだが、きょとんとされたので、言った自分もあえて気にせずにスルーしたのだが、

もしかすると店員が日本人でなかったような気がするので、意味が分からなかったのかもしれない。いやもちろんアニメじゃないですよ、天地無用。

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今日の迷文というか「まだらの網」のリンクが切れていた

昔プログラマーズフォーラムに書いた「まだらの網」という謎の投稿が、member.nifty.ne.jp へのリンクしか残っていないような気がする。表ページからのリンクは古い方を指している。これはホームページのURLが変わったときに変更漏れになっているだけで、前の構造と同じ場所、http://homepage1.nifty.com/phinloda/madara.htmにページは残っている。

今読み返すとおかしな所がいくつもある。「男が六人ほど」となっているが、デラは女性のはずだ。「糸口が必ずものです」というのは「必ずあるものです」だろう。途中に、NK という名前が出てくるが、多分 NX のことだ。だいたいこの話がどう続いたのか覚えてないし、続いていないのかもしれない。ROM墓場からの声という会議室はこんなのばかりあった【脚色有】訳だから今考えても凄いのだ。

途中に出てくるホームズの言葉。

「ふむ、読める故に分らない。解けない故にやりやすい。まさに興味ある視点ばかりですな。」

これは多分今の私だと書けない。ちょっとウマすぎる。もしかすると、何か元ネタになる文章があったのではないかと思うのだが、それも思い出せない。しまった、メモしておくのだった。

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ちなみに新規作成のときは20秒程かかりますね

今、計ってみたのだが、新規記事の作成のときに、反映中という表示が出てから戻ってくるまで、約20秒かかっているようだ。ココログの場合、どうせ待たされるから[保存]ボタンを押したら別のウィンドウで別のことを始めてしまうので、あまり時間は気にしていない。

ちなみに、別のブログの場合は、[保存]したらすぐに管理画面に戻ってくるので、すぐに次の記事を書くことができる。

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ココログは記事削除すると無茶苦茶時間かかるね、いやたった1分20秒程だけど

別に消さなくてもいいのかもしれないが、下書きを書いた後に現在時刻で投稿する方法が分からないので、消してからコピーして投稿しているのだが、だったら最初から手元のテキストに保存しておけばいいのか。Jugem の下書きに書いておくという手もあるし。Jugem の方は次で1000発言である。ココログは先行していたのと、以前はメインのブログにしていたので、2000発言以上あるのだが、無駄に大きな画像シリーズとかあるので、なかなか発言数差は縮まらない。

ソレはソレとして、なぜソニーにこだわるかという話が出たので、その疑問は実にもっともだと思うので書いておく。以前も、同系列のpcを2台買ったことがあるのだが、とくに筐体レベルで同一のpcが2台あると、いろいろ便利だ。要するに、部品を共有できるメリットが大きいのだ。

例えば、ACアダプタ、予備のバッテリーは、同じものが使える可能性が高い。絶対使えるかというと思わぬ罠がないとも限らないので「可能性が高い」と逃げておく。他に、今回のモデルの場合、DVD-RWドライブが共有できると思われるのだが、これは故障を予期して、新しいpcにも付けておいた。これは本体購入時に買っておくと12,000円の追加で済むのだが、後から買おうとすると、39,800円する。(VGP-DRWBx1)。これだけ値段が違うと別スペックなのかもしれないが。

例えばバッテリーは後から買おうとすると3万円弱したりするので、侮れない。今使っているバッテリーが使えるというメリットは大きい。

細かいところでは、液晶にセットするプライバシーフィルターとか、持ち運び用のカバンとか、同じ形状ゆえに使いまわせるものが結構あるのだ。

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パソコン買ったのだがまだ来ない

今使っているVAIO BX が爆弾抱えている状態なので、そろそろ次のをという感じもするし買ったのは同じ VAIO BX である。同じの2台といっても、故障したら大変なことになる訳で、新しいのを get している間に修理に出して予備を使う、という感じ。ちなみに今の BX の故障というのは Ethenet が接続できないというもので、普段は無線 LAN で使っている。ヘッドホン出力も微妙に接触不良っぽいし、基盤に問題があるとしたら、いきなり大変なトラブルもあり得るので。

SonyStyle のサイトを見れば購入履歴が分かる。今使っているpcは、

VGN-BX90PS(Pro/RADEON X700/BT・FCなし)

と書いてあって、205,300円 + プライバシーフィルター。Pentium M プロセッサー、メモリーは 1GBでこの値段だった。今回買ったというか来るはずのpcは、

メモリー 2GB(DDR2 667/1GBx2)/BX

と書いてある。メモリーを買った訳じゃないのだが、BX + 2GB メモリーとか、もう少し書き方はないのか? 同じ系統のモデルだが、CPU は Core 2 Duo T7100、メモリ2GB、今回は予算の都合でグラフィックは RADEON を選択しなかった。修理後戻ってくるはずだから、高速グラフィックが要求されるようなサービスはそちらを使えばいい、という目論見である。ただし、メモリーは 2GB にした。普段使っていて、コミットチャージが1GB超えることが非常によくあるからだ。一体何に使ったらそうなるのだというのは内緒。他には、液晶がクリアブラック液晶になったのと(これしか選択肢になかった)、Felica ポートが標準搭載になっているところが異なる。価格は、161,800円。

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何となく、これは惜しいとか思った話

これは「押井を憐れむ歌」を読んだ瞬間に感じた諸々のことをテキトーに書いてみた文章がもったいないので、 ちょっと今忙しくて何か書く暇もないし、 出してみる訳である。 校正も殆どしてないし、 言いたいことが分からん、という人が多いかもしれない。 だいたい自分でも今読んでみて、結論が何なのかよく分からない。 ただ、この後に出てくる文章の趣旨として「言いたいことが分からんのは普通である」というテーマがあるので、 まあどうでもいいかと。

ということで、まあ面白いものでもないので、ここで読み飛ばすのが吉。 もし読んでみるという暇な人がいれば、先に「押井を憐れむ歌」を読まないと意味が分からないので、ご注意を。

先に言っとくが私は押井信者ではない。 さっきも、はて、押井守さんって誰だっけ、 と思ってWebで検索して「ああー」てな感じで思い出した位だ。 実際、押井氏のアニメってビューティフルドリーマーと、 パトレイバー…? 見たかな、少なくともパトレイバー2は、絶対に見てないか、 完全に見たことを忘れているか、どちらかである。

私の異議というのは、集約するとこの一点に尽きる。

映画に限らずあらゆる表現において、 それはもう友達との何気ない日常会話においてすら、必要なのは「相手に伝わること」だ。

そこが違う。 大原則として、 いかなる表現においても、 相手に伝わることが「必要」などということはないのだ。

もちろん「相手に伝わる」ということが 単に情報の受け渡しを意味するのなら「必要」いやむしろ「必然」に決まっている。 例えば、映画を見ていない人にその内容は伝わらない。 そんな当たり前のことではなく、 ここで言っているのは、誰かが伝えたい何かを持っていて、 それを「表現」を借りて相手に伝心する、という意味だと勝手に想定する。

原則とわざわざ書いたのは、 ある種の表現は相手に伝わることが「必要」だからだ。 例えば、 法律の条文とか、数学や物理学の証明、論文などである。 ちなみに、法律の条文などは、 素人が見てもまるで理解できなかったりするものだ。 相手に伝わることが「必要」である表現こそ素人には伝わらないという逆説的な現実が面白い。

さらに、伝えたいモノが芸術作品の方向にどんどん向かってしまうと、 もはや相手に何が伝わるか分かったものではない。 モナリザや最後の晩餐のような、古典的、写実的な絵画でさえ、 隠したメッセージがあるという騒ぎになる。 抽象絵画が何を伝えようとしているのか、 分からない人には分からないし、 分かったという人がもしいたとして、本当に作者の意図が伝わっているかどうか怪しいものだ。

もっと根本に帰って考えてみるといいのだ。 そもそも一般論として、 コミュニケーションにおいて、 何かが相手に「伝わる」保証がどこにあるのか。 もちろん、言葉は聞き間違い、見間違いがない限り、 文字の並びとしてそのまま相手に伝わるであろう。 しかし、それが人間の感情としてどのような解釈に至るのか、 それは全く別次元の問題である。 例のページにいい例があるので、引用する。

もし俺が3歳の子に「財政構造改革は橋本政権の急務だよね」と言い、 それが子どもにわからなかったとする。

後は省略。 この話はもちろんOK、別に何の異議もないし、むしろ同感だ。 3歳の子供相手にそういう話をして理解されないのは確かに話し手の責任なのだ。 だけど、そこで話を終えてしまうと、単なるレトリックになってしまう。

つまり、極端な例だけを出して、一般にそうだと誤解させる、 割と簡単なレトリックである。 3歳の子供の場合は分かった。 では、相手が中学生だとどうだ。 分からなかったらどちらの責任なのだろうか。 相手が20歳の大学生だったらどうなんだ。 アメリカの国際経済学者だったらどうだ。 タンザニアの工場の技術者は? 韓国のアニメーターだったら? デスラー総統だったら?

とはいってもそこを議論すると実に面倒なので、 私もそこは触れずに結論を出したい。 そもそも、 どんな相手にも伝わるようにコミュニケーションすることなんて不可能だ。 私の立場はそういうスタンスである。

もちろん、その努力を怠るなという主張はそれなりの説得力があるし、 特にプロなら最大限伝わるように努力しろ、 というスタンスがある意味正しいだろうことも何となく理解できる。 全員に伝えるというのは極論で、 要するにできるだけ多数に伝えるということを言いたいのだ、 と反論されるかもしれない。 あるいは「必要」というのは「望ましい」程度のことなんだ、と言われるかもしれない。 ただ、その全く逆の極端なところにも、 もう一つのやり方が存在する。 最初から大衆的コミュニケーションを放棄してしまうのである。

オレの作品が理解できなくても構わない。 100人、いや1万人に一人でも、偶然特別にジャストフィットする何かがあって、 人生を変えるようなショッキングなトリガーになってくれたらいい、 そういった作品だって一つのプロの成果物として、 価値を持ったものとしてあり得るのではないだろうか。 その場合、多数に伝わることがかえって望ましくない、という現象さえあってもおかしくない。

例えば、そんな映画監督がいるかどうかは知らないが、 とにかく言いたいことが全然伝わらないとしよう。 ことごとく表現は誤解される。 しかし、その誤解の方が観客には受ける。 とにかく面白い。 だったら、それで金を取っても全然構わないではないか。 監督が何言いたいなんてことは、全然関係ない。 基本的に、そこに支払う対価としての内容があれば、 それは支払うに値するはずだ。

話を戻すと、早い話が、 押井守が嫌いだというのはその人の自由だ。 嫌いだったら見なければいい。 それだけのことだ。 そこをわざわざ見ておいて「嫌いだ」というのは、 逆に何かハメラレているような気もするが、まあどうでもいい。

①簡単なことを、簡単に言う。
②簡単なことを、難しく言う。
③難しいことを、難しく言う。
④難しいことを、簡単に言う。

でも世の中そう簡単ではない。 「簡単か難しいか分からない」ことがやたらたくさんあるような気がするのだ。

そういうコトを表現したら、一体どうなるか。 簡単に言うことができるのか、それとも難しいのか、 あるいはどっちか分からないのか?

だいたい、情報の解釈なんてのは、 その人の全ての人生経験が反映されて出てくるものだ。 自分と同じ解釈をする人は一人もいない、 というような哲学的な考え方もあるはずだ。 多分。

彼の話によると、押井さんはこの映画で言いたいことが十分言えなかったそうなのだ。 そこで「あそこのあのシーンはああいう意味があります」みたいなことを書いた解説本を出したそうなのだ。 ゼミの押井信者くんはそれを読み、映画「パトレイバー2」の本当の姿がわかったという。

この後の大罵倒が面白い。 そこに書いてあることには、 私もかなり同感する。特に反論はない。 ただ、一つだけちょっとした疑問が残る。 これは異議ではなく、純粋に単なる疑問だ。

仮にもメジャーな人であり、 映画のプロ、アニメ監督のプロが、 その最も得意技であるはずのアニメですら語ることができない、 伝えることができない、 そんなに難しい(?)内容なのだ。 それを本に書いて他人に伝えるなんてことができるのだろうか?

ゼミの信者くんは「わかった」そうだが、 本当か? 誤解ではないのか? 押井氏は確かに「ああいう意味があります」と本に書いたかもしれない。 それは本当に押井氏の言いたかったことなのか? 書き間違いということはないのか? ちょっとだけネタバレになるけど、 その「わかった」内容に「神」という言葉が出てくる。 ほら、もう怪しいじゃないか。 このゼミの信者くん、実際に神を見たことがあるのか? 見たことがあるとしたら、それが押井氏のいう「神」と同じである確信は一体どこから来たのか。 もし見たこともなかったら、見たこともないものをなぜ理解できたと断言できるのか?

どんな表現でも必ず読み手は理解できるというのが極端な発想であるように、 どんなことでも必ず書き手が表現できる、という発想も極端な話なのだが、 経験的に、何でも表現可能教の信者は大勢いるような気がする。 実際は、書いてあることが書き手が書きたかった内容である保証すらないのだ。 現実というのはそういうものだ。

つまり、 多分私はもっともっと懐疑的なのである。

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書評: Python クックブック 第2版

Python クックブック 第2版
Alex Martelli, Anna Martelli Ravenscroft, David Ascher 著
鴨澤 眞夫, 當山 仁健, 吉田 聡, 吉宗 貞紀 翻訳

Python といえば先日書いた Vista の記事に Iron Python のことを少し書いたのだが、Python 自体は Linux では裏で(?)よく使われている言語で、それなりにメジャーなのだが、Windows の機能が Python から使えるというのなら、もっと爆発的にヒットするか…とまでは流石に思わなかったが、意外とじわじわと浸透しつつある?

とか思っている訳だが、本があまり出ていないというのが弱点のような気がした。もっとも、ネットでドキュメントを見ればたいていのことは分かるのだが、ちなみに、この本もまだ読んでいないので書評も何も書けないのである。関係ないが、さっきこのブログの記事検索で「書評」を指定したら2000ページもあるという結果が出てしまって何だそりゃぁ、と思ったのだが、要するに左サイドバーに「書評」という文字列があるから全部ヒットしてしまったらしい。

関係ない話ですみません。

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パンシャーヌが終わるようだ

どう見ても実写なのだがPSXの番組表でアニメの欄に出てくる「美少女戦麗舞パンシャーヌ」、美少女と冠を付けているにも関わらずヒロインは子持ちだし子供まで変身してしまう訳だが、巷ではボロクソに酷評されていたりすることもあるが絶賛する人もいたりして、いずれにしてもgoogleで「パンシャーヌ」が19万ヒット超というのは、ある意味成功したということで間違いないのである。

1クールで番組は終わってしまうようだ。

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とある名言サイトに見たことのある言葉が出ていたのでかなりびっくりした

いや前書いた「フィンローダの法則」、

モノが落ちるのは、それが上にあるからである。最初から下にあるものは落ちない。

というアレなんだけど、こんなの名言集に出てくるという現実に驚いたというか、ニュートンもびっくりである。思わずどこに書いたのか確認してしまったのだが、折角の裏の裏ページだし裏話も書いておくと、この法則は実際にあったできごとによる経験則なのだ。確か、何か書類を机の上に置こうとしたら、落ちてしまった、というのを3回ほど繰り返したところで天の啓示が落ちてきたのである。最初から下に置けばいいじゃないか。ということで、今、私の仕事場には床の上にA4のトレーが置いてあったりする。

まあ実際は上に置くにしても置き方に問題がある訳だが。

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ようやくのことで感じるマンゴーをgetしたのだが果たしてその正体は

2007062101

いや前から気になってしょうがないのにどこに行っても売ってないものだから、 悶々とした毎日を過ごしていたのだが、 何気なく入ったスーパーに売っていたのですかさず get。

似たような商品に「とろけるマンゴー」系のがあるが、 一体「感じるマンゴー」というのは何なのか。 飲んでみて疑問は氷解したのだが、 ネタバレになるのも何なのでやめておこう、 と思ったが、 画像に書いてある通りでナタデココが入っているというだけの話?

それにしても最近、 マンゴー系の食品が目立つのだが、 もし「あるある大事典」という番組が今でもあったら何と紹介するのだろうか? いや血液サラサラはないと思うのだけど。

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うっかり外部モニタを接続したままpcの電源を切ってしまった

いきなり電源コードを抜いた訳でもなく、別に手順としてそう間違っている訳ではない。ただ、このノートパソコンを次に起動したときに外部モニタが接続されていなかった。ログイン画面がいつもは 1400x1050 の解像度で出てくれるのだが、何となく VGA サイズで表示されている。

ログインした後に自動的に画面サイズが 1400x1050 に変更されたので一見問題ないようだが、デスクトップのアイコンの順序がシャッフルされていて大変なことに。しかも、以前と同じように並び替えたつもりなのだが、1列目のアイコンが2つばかり思い出せない。まあ思い出せないようなアイコンはなくても支障ないのだが。

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OMRONのUPSのバッテリーが寿命らしく警告音が鳴り響いたので

交換用のバッテリーをOMRONのサイトに注文した。結構大きな音がした。仕事場にあったのでとりあえずUPSを外してテーブルタップに置き換えたのだが、UPSに接続されている機器というのは基本的に停電でも止めたくないようなものなので、一時的に差し替えるというのも大変なのだ。

交換用のバッテリを注文するときに、クレジットカードの番号を入力しなければならないので、机の上にカードを置いたのだが、それが Webカメラの前だった! Webカメラって意外とヤバい画像を送信していることが結構あるような気がする。なお、気付いてから確認してみたのだが、番号はおそらく読めない状態なので、まあ問題はないと思うのだが、後で支払い明細書をよく確認しておかないと。

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Mac のCMのページを見ようとしたらFirefox が落ちてしまったのだが

ということを書こうとしたのだ。まあFirefox が落ちるといっても、たまたま何か確率的な問題でメモリにエラーが発生したのかもしれないし、たまたま別のソフトウェアが侵略的行為で Firefox を落としたのかもしれないし、Mac の広告のページに原因があるとは限らない。

ともかく、その話題になっている Mac の広告なのだが、比喩している本質的なことを考えるとなかなか意味深だと思うのだが、うまく視聴者に伝わっていないような気がする。

って、ここまで書いて、念のため「Mac cm」で google で検索して、そのページへのリンクを張ってみようかと思った訳だが、ていうかそのページ表示したら Firefox が落ちる罠。ということでココに書いたのが消滅してしまったよ。_| ̄|○

もう一回ハマる前に寝てしまおう。なお、真似をして Firefox 落ちても私は知りませんので、念のため。真似しない方がいいかもしれない。

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ダイソーの100円(+税)の四字熟語の本

これが意外とたくさん言葉が出ていて侮れない。ようやくダイソーに行く機会があったので get した。このシリーズの他の本の中には、いまいちな感じなのもあるから、少し立ち読みしてから買えばいいと思う。

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やまかけそばと、とろろそば

コトノハで「コト」を書いてみたのだが、違いが分からない人がいるような気がする。というか自分もさっきまで分かっていなかった。一説によれば、冷たいのは上にかけない状態ではないから「やまかけ」にはなり得ない、従ってとろろそばと言うらしい。暖かいのが山掛け蕎麦ということになる。すると、冷やしの山掛けそばというのもあるのだが(ざるやもりではなく、丼に入ったタイプ)、暖かい=山掛け、冷たい=とろろ、という分類に意味が遷移していって、そのような使われ方をするらしい。

ざるともりの違いはもちろん、ざるに入っているのがざるそばに決まっている。:-p

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駆け込み乗車の過失の話でふと思ったのだが

コメントをいただいて過失云々という話になったのだが、そういえば昨日電車に乗るときも、ドアが閉まりますというアナウンスがあった時点で歩いて乗車したのだが、これは駆け込み乗車に含まれるのだろうか?

なお、たまたま手だけ挟まれることがあるかというと、現状の電車のドアが閉じる速度から考えて、まず有り得ないと思われる。手だけ挟まれるとすれば、ドアが物凄い高速で閉じるか、非常にゆっくり手だけ挟まれるような状態に体を動かしたか、ドアが殆ど閉まりかけた状態から入ろうとした(手を意図的に挟んだ)か、まあこのあたりだろう。

ところで、駆け込み乗車が危険という話だが、駆け出し降車というのもあるはずだ。ただ、これだと手だけ挟まれても多分問題ないので危険度が少ないのだろう。腕まで挟まれて外に出ていたら危険だが、その場合はセンサーが働くのだろう。体の大部分が外に出ていて手だけ挟まれるというのは非常に危険だが、まだそういうのは見たことがない。駆け出し降車は特に帰宅時には結構見かけるような気がする。

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書評: おまえうまそうだな

おまえうまそうだな
宮西達也 作・絵

絵本です。しかし唯の絵本とはちょっと違うというのがAmazon のカスタマーレビューを見れば分かるかもしれない。これは難しい本です。出てくるティラノサウルスがなぜそういうことをしたのか本気で考えると頭が痛くなります。論ぜよと言われたら間違いなく東大入試レベルの問題です。

ただ、これはあくまでも子供向けの絵本なのです。それも漢字が出てこないところを見ると、幼稚園~小学生低学年あたりの読者を想定しているのでしょう。だから、直感的に受け止めれば多分それは作者が意図したそのものでしょう。それが何かを言葉にするとか、なぜかを説明するのは非常に難しいだけで、理屈なんかどうでもよくて、ひたすら感じるがままに読めばいいのでしょう。特に、最後の字のない4ページの存在感には物凄いものがあります。字がないから声に出して読むことはできませんが。

私の記憶でもこういう読後感のある絵本はなかなかありません。小さいお子様へのプレゼントにいかがでしょうか。

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駆け込み乗車でドアに手を突っ込んで電車を止めようとする人がいるそうだが

エレベーターではたまにやるけど、エレベータならシンドラー社製でない限り、ドアが開くので大丈夫だと思う。電車の場合、車掌が気付かなければ先日のように引きずられて事故になる。

車掌はドアに手を挟んだ人を発見したら、すぐに開けないで、駅員を呼んでその人を逮捕できる状態にしてからドアを開けるといいのでは。あるいは、しばらく挟んだままにして、ただいま駆け込み乗車がありましたので安全確認のため停車しています、発車までしばらくお待ちください。とアナウンスしてから開ける。

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ライブドアが個人向けISP事業から撤退する理由は?

CNET Japanの記事によれば、ライブドアが個人向けISPから撤退するそうだ。個人向けISP事業はフリービットに3500万円で売却する。2005/10~2006/09の純利益が4300万円というから、もしこの利益が出るのなら3500万円で売るのはおかしい。つまり、この事業が先細りで、今期は3500万円そこそこと踏んだのか?

ISPで利益だすのはかなり会員がいないと難しそうだが、逆に、会員数がかなり多いと、ISP以外の所で利益が出せたりしそうだし、微妙にややこしいのかもしれない。ISP 事業持っていたら、無線LANルーターを配布して、Fonみたいなことをしてしまう、というのも面白いと思うのですけどね、それにしても後発だと Fon に勝てないか。

参考: ライブドア、個人向けISP事業から撤退--フリービットに3500万円で事業譲渡 - CNET Japan

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無意味に大きな画像は意味もなくその辺の花を

Dsc02426

どのヘンが意味ないかというと、これはバッテリーが切れ掛かっていたのでとりあえずシャッター押したという代物なのである。

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無意味に大きな画像シリーズは無意味に大きな十六茶

駅に置いてあったのだが、こういうのはさすがに誰も飲む気がしないというか、もし飲む奴がいたら命賭けているのか。

Dsc02404

実は中身がニトログリセリンというのも怖いし。

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瀬戸の花嫁の放送開始が29:00にずれている~

少し前まではテレビ東京というのは放送時間が一番ずれにくい放送局のような気がしたのだが、この春からは最もずれる確率が高いような気がする。ていうか、29:00放送開始って言われても一瞬分からなかったし。03:30 開始予定だから 90分遅れか。

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アバウトミーの質問「スイカ3玉とぶどう1房(50粒)、合わせて何個?」の解説

アバウトミーに書いた質問で「スイカ3玉とぶどう1房(50粒)、合わせて何個?、という問題。選択肢は次のようにした。

0個
1個
3.02個(またはこれに近い数)
4個
53個
100個以上

むぅ、アバウトミーの設問の見方が分からん…。

ソレはソレとして、この問題は「3玉」と「1房」を合計するというとんでもない前提になっているので、回答不能という選択肢があってもよさそうなものだが、あえて選択肢から「それ以外」を外した。直感で一番近いのを選んでくれたらという趣旨なのである。それぞれの選択肢にはこちらが想定した意味があるので説明する。(もちろん、これ以外の解釈も山のごとくあるだろう)

まず、4個というのは、スイカ3個とぶどう1個、合計4個、という発想で、最も単純な考え方と思われる。

次にありそうなのが、ぶどうの1粒を1個と数えた場合で、すると3個+50個で53個ということになる。

3.02 個というのは、スイカとぶどうを比較したときに、スイカの方がかなり大きい。従って、ぶどう1房は、スイカに換算すれば例えば 0.02 個分に相当する。従ってスイカ基準で 3.02個、というような発想を想定した。

100個以上というのは、逆にぶどうの1粒が1としたときに、スイカ1玉は少なくとも数十個以上に相当するだろう、少なくとも種を数えたらそうなっている筈である、ということで、例えば種の数を考慮して何個かを計算したらそういう値になるだろう、というような際どい想定をしてみた。

0個というのは、そもそも1玉と1房は加算できない、あわせることができないから問題自体がおかしい、というような場合。あるいは、両方とも種無しだった、というのもあるかもしれない。

では1個というのは一体何なのか。問題文に「合わせて」と書いてある。合わせたら1個になりました、という発想。全部で1パッケージである。

この種のアンケートの結果は、素直に第一印象で書く人だけではなく、あえて奇妙な回答をするという人もいることに注意が必要である。

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コメント投稿時にスパム対策用の確認イメージが出たときに二重に投稿されるバグはまだ直っていないのだが

多分問い合わせてもバグじゃなくて仕様通りですといわれるか、 再現しませんのでお客様の勘違いか誤解でしょうといわれるか、 てめークレーマーだろヴォケといわれるか、 本件は2038年に修正予定ですといわれるか、 悩んでいても面倒なので放置することに決めたのだが、 ちなみに、ココログのこのバグって、1980年頃からあるのだっけ?

2007060903

# 1980 は joke だが、1年以上前からありますよね?

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ついでじゃないが BINGO BONGO レッドグレープあんどカシスも

2007060902

どうせならこっちの方が毒々しくていい感じ。 公式サイトには「2つのフルーツの絶妙な味わいと、すっきりした後味を追求しました」 なんて書いてあるが、 果汁0%というか、無果汁だから極論すれば捏造系。 ていうか、普通にファンタグレープみたいな。 含保存料、着色料、糖類。 気分さえ乗れば疲れ位は取れるかもしれない。

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zero を飲んでみた

普通のコーラだった。というか個人的には何となくインパクトが弱いというか、ノーマルのコーラを飲んでいる時に感じるような毒々しい味が抜けているような気がした。

2007060901

どうせならコカコーラ2.0 の方が…。

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昨日の帰宅時の電車の中で一所懸命お化粧していた女性がいたのだが

気合入りまくっていた訳で、周囲など全く気にしていない。というか、周囲の人達は殆ど死んだように眠っているのでどうでもいい感じだが、ちなみに、夜の10時頃の電車である。

この時間に化粧を念入りにするということは、やはりそうなのだろうか、ここが勝負みたいな。

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一つ前に書いた病院の話は続きがありまして

咳が出るというのは、自分ではそれほどたいしたことはないのだが、周りが見るに、かなり苦しそうに見えるらしい。そう言われ続けると、何となく苦しいような気がしてくるものである。医者談。

「話をすると咳が出ます?」

「はい、出ます、コンコン」

「では、できるだけ話をしないように心がけてください。」

○_○;

ワインバーグの本に医者の秘密、じゃなくてコンサルタントの秘密、というのがあるが、そこで見たような話だ。

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病院に行ってきた

9時過ぎに行って13:30までかかるというのはいいとして、

「春頃から咳が出て、なかなか直らないのですが。」

「レントゲン見ても正常ですね。」

「といいますと?」

季節のせいです。」

そうだったのカー。

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昔持っていた東芝の DynyaBook じゃなくて DynaBook 初号機を捨てずに持っていたら今でも使えただろうか

というどうでもいいことを想像してみたのだが、それより DynyaBook というのを google で調べたら久しぶりにノーヒットだったので。にゃいのか、みたいな。当時は 98note という後から真似っこしたようなパソコンが発売されて、その後「ノートパソコン」という呼び方が定着したのだが、当時の形状から言うとノートというよりはどう見てもブックで、それもかなり大きなブックだ。

ちなみに、持ち運びできるタイプのpcとしては、ラップトップというジャンルのものもあって、これはひざの上に置いて使うと江戸時代の拷問気分も味わえるという優れもの。ちなみに最近のノートpcは、ひざの上に置いて使うとひざを火傷する危険があるので注意しよう。といいつつ私も実は今、膝の上に VAIO BX を置いて使っているのだが、BX の下にアクリルの板のようなのを敷いて使っている。これがないと、pcの下部がかなり発熱するので危ない。

で、DynyaBook なんだけど、ノートpcのカバーとかで、猫耳付いたのはないのだろうか。

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フィンローダの法則

モノが落ちるのは、それが上にあるからである。最初から下にあるものは落ちない。

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怒りというのは稀に効果的だがどちらかというと殆どの場合損をするような気がする

一般に、怒りというのは演技であるとか、 コミュニケーションのためのアプローチとして見せるためのものであれば、 効果的な場合もある。 ただし、 当人が実際に怒ってしまったら冷静な判断ができずに損をすることが多いような気がする。 まあソレはソレとして、 「Kanamori Marketing Office: 怒りどころ、謝りどころ」を読んでちょっと気になったことがあるので書きたい。

どう考えても本人が全く注意を払えない後方からの追突で、 怒られるのはオカシイと思うのだが、そう考えるのは間違っているのだろうか。

そういえば、前に書いたような気がするが、 渋谷なんかで、 結構速いスピード出している自転車ががぶつかってくることがあって、 自転車に乗っている相手は「危ない!」と怒るのでつい「すいまへん」と謝ってしまうのだが、 これって本当にぶつかったら100%自転車側の責任だよな、 といつも思う。

で、後方から衝突されて怒られるというのは、 基本的には理不尽で、 ただし、そこが1人しか通れないような細い道で、 かつ、後方からどんどん人が来ていることが分かっているような場合だったら少しは話が違うかもしれないが、 普通は追突する側に追突の責任があるはずだ。

スキー場の話もかなり同意。

突っ込まれた子供の親、当然怒るべきところだろう?突っ込んだ馬鹿、謝るところだろ?

これもそこが上級者コースとか、 幼児・初心者禁止の場所なら別だが、 初心者も当然いると想定すべき場所ならその通りだと思う。

ということで、感覚的にはかなり共通点を見出せたような気がするのだが、 一点だけ分からないことがある。 その記事の大きな趣旨の一つが、 タイトルが「怒りどころ、謝りどころ」となっている訳だし、 怒る所では怒れ、ということであることはまず間違いなかろう。

ということは、 最初に引用させていただいた「怒られるのはオカシイ」という場面、 そこで金森氏は怒っているはずなのだ。 どう見ても怒る場面だし、 まさか事なかれで済まそうというような態度は取らないと思うのだ。 しかし、一体どう怒って、その結果どうなったのか、というのが記事には出てこないのである。

ちなみに私の場合だったら、 事なかれで済ます。 とりあえず謝るか逃げる。 その方がこちらとしては得だからというのが理由だ。 相手は常識が通用しない人間である事が分かっているのだから、 仲間を呼んで暴行に走るとか、 ナイフでいきなり刺してくるとか、 そのあたりまで想定しておいてもおかしくない。 武器でも持っているならともかく、 そういう相手と素手で勝負するのは大抵の場合えらいことになる。 逆にいえば、 もし事なかれで済ますことが損だったら、 当然、謝らないし、それなりの態度に出ると思う。

もっとも、 実際、こちらが悪くないのに逃げるというのは、 ある意味勇気のいることかもしれない。

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ブログが増えすぎて訳が分からなくなってきたのだが

自分でも多すぎてアレなので列挙しておこう。

・裏の裏ページ
 ここ。

・裏×3
 ココログ、更新停止。最近はテスト用に使っている。

・(謎)
 もう一つココログのブログがあるが、設定しただけで中身は空。

裏表
 Jugem、メインのブログ。毎日更新。最近は AFP ニュースの寸評を書いたりしている。

・道場
 Jugem。準備中。プログラミング道場の問題・コメント用。

裏ご意見番
 Ameba blog。コラム形式で書いているが、最近更新していない。

・小説ブログ
 Livedoor blog。連載休止中。続きと次作は夏ごろの予定。

・裏の輪
 nowa (livedoor)。最近何となく作ったので目的はない。

今日の戯言の裏
 So-net。時事寸評。それとなく地道に更新中。

さらなる裏ページ
 Seesar。trackback の釣りに使う予定だったが、IRC の名言いや迷言を集めている。メモ代わりに。

・独り言
 Excite blog。本当にメモ代わり。公開されているがどこからも特にリンクしていない。あえてリンクしない。

あと funchain に一つあるのだがサーバーが応答しないので謎。

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ちょっと油断したら新着メールが5900通

それぞれのメールのサイズは微々たるものなので、サーバーの容量は問題ないと思うのだが、サーバーが受け取れないような量になってきたらどうするか真剣に考えておいた方がいいのかもしれない。

なお、殆どはコメントやトラックバックの通知メールで、すなわち、トラックバックがそれだけリクエストされたということを意味する。このトラックバックの対応がまた大変なわけである。

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書評: コンサルタントの秘密

コンサルタントの秘密―技術アドバイスの人間学、 G.M.ワインバーグ (著), 木村 泉 (翻訳)

ワインバーグ先生の数冊の有名な本の中の一冊である。 定番である。 事例がたくさん出てきて面白い。 法則もいろいろあるが、矛盾するような法則もたくさん出てくるから一筋縄ではいかない。 内容についても、当然だが演出・脚色が入っているから、 その分を深読みしてもいいし、あえて文字通り受け止めるのもよし。

どういう人におすすめすればよいか? ワインバーグ氏はこれからコンサルタントになる人と書いてるのだが、 ターゲットとしては、 コンサルタントになりたい人というよりは、 SE とかプロジェクトマネージャを経験して、 失敗談とかいろいろ抱えて溜め込んだ人が、 自分の経験と照らし合わせて新たな解決策を想像する、 というような感じでどうだろうか。

一例として、エピソード「なぜ私は教授職を降りたか」を紹介する。 ワインバーグ先生はこのエピソードを失敗談として出しているのだが、 ここに出てくる女学生は、次のように言う。

先生が自分で教えた原則をどう適用するか、見せてほしい

女学生はこのエピソードの中ではワインバーグ氏への挑戦者として描かれているのだが、 結局、ワインバーグ氏の主張を代弁する役を演じているに過ぎない。 この後、女学生は賭けに誘う。

だってそれ、私、証明できると思う。 賭けてみません? 五ドルでどうかしら。

(p. 88)

この後ワインバーグ氏は安易に賭けにノッて、 その場で敗れることになっているのだが、 これはおかしなエピソードだ。 なぜなら、 本来のワインバーグ氏なら、 このような賭けが提案された時点で、 なぜこの女学生は賭けを提案したのか を考えるはずだからだ。 従って、 この女学生はこの賭けに勝算があると思っている こともただちに発見して、 その勝算とは何か を考える所までは、一瞬でシナリオが進行するはずなのである。

つまり、 自分で教えた原則を適用 したなら、このエピソードはどうもおかしいのである。 だいたい、五分間の法則なんてのが出てくるのだから、 当然、女学生の言動の裏に何があるのか考える、 なんてのは基本的な思考パターンの一つに過ぎないのだ。 と考えると、 このエピソードは法則を導くために相当脚色されているのではないか、 という結論にたどり着くのであるが、 最初の方に出てくる最高度困難法則、

自分の手助けをすることは、他人の手助けをするよりもっとむずかしい。

(p. 19)

を紹介するという話? まあそれはそれで全然問題ないのだ。 いやまて、 もしかすると、このことは、その後に氏が

「ワインバーグの行きすぎの法則」をでっちあげた

と書いていることからも想像できるのかもしれない。 つまりこれは最初から でっちあげ なのだ。 危ない、危ない。

教訓: コンサルタントの話には裏がある。

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昨日の電車の中で誰かが10円玉を落とした

ちゃりーんと音がしたから、かなりの人がそちらを見たのではないかと思う。10円玉が少なくとも4枚落ちていた。ところが、これを誰も拾おうとしないのである。その場から移動して他に行った人がいる位だ。どういう心理なのかよく分からないが、私も触らなかった。

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