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留学生が日本をみて素朴な疑問を提示したというブログがあったのでトラックバックしようとしたがココからできないようなので一方的に書いてみたのだが

一部で話題になっている 「留学生の素朴な疑問」、 確かに実に素朴である。

で、個人的な意見として回答を考えた。 基本的に、普遍的な根拠があるというより、 勘で答えているので、 一般論として解釈しないで欲しいと前置きしておく。 また、引用の大部分は前述のブログからであるが、 そうでないものは、その都度示す。

1. どうしてみんな制限速度を守らないのか

基本的に日本人はルールを守るタイプの人が多いと思う。 ただ、デフォルトで破られているルールがいくつか存在する。 例えば未成年の飲酒、喫煙、 歩行者の信号無視、 駆け込み乗車など。 基本的にルールを守るのに、 ある種のルールは基本的に破っている、というのはなぜか?

一般論として、 日本人は 他の人の行動に合わせようとする傾向が強い のではないかと思う。 昔、 「赤信号みんなで渡れば怖くない」という冗談が流行したが、 この性質をうまく表現している。

制限速度を守って走っている人がいない訳ではないし、 実際知っているが、 スピード違反する車が多い所でそういう走り方をしたらかえって危い。

というところから極論してしまうと、 みんなやっているから自分もやっていいという判断をしがちだ。 「速度を守るとかえって危ない」と「みんなやっている」をあわせて、 制限速度を守らない方がいい、という結論になっているのではないか。

2. 憲法9条というモデルは日本に成功をもたらしたと考えられるが、

ここで示されている「モデル」の具体的な意味が分からないので、 「戦争を放棄する」と対外的にアピールする外交モデル と妄想させていただく。 例えばイラクに派兵しても攻撃せずに済むというような意味では、 そういう意味では部分的に成功しているかもしれない。

しかし、それによって失敗していることもあるかもしれない。 だから、この質問は、 引用した箇所の中に既に私見としては異議がある。 したがって、その後の内容はパス。

冷戦が終わり明らかにヨーロッパでは平和が実感できるようになっている。

日本は平和ボケだといわれることがある。 現に、核兵器を持ったと宣言している隣国が敵対的な報道を日夜繰り返し、 ミサイルを向けている状況だったりするので、 一見平和そうだが、実は結構デンジャラスである。 しかも、もし相手が宣戦布告してきても、 日本は少なくとも相手国のミサイル基地を先制攻撃することはできないだろう。 これは日本にとって「成功」なのだろうか? 日本は今、こんな状況で、 平和を実感していいのだろうか?

3. どうして安倍は明らかに日本の威信を傷つけるとわかりながら、 従軍慰安婦などの問題であのようなことを言うのか

といわれても、「あのようなこと」では何を指しているのか分からない。 はっきり書いて欲しいです。 でも後に出てくるね。

強制はなかったなどと言い立てること

もし、本気でそのように考えているのなら、 この問題には二度と、一切口出ししない方がよいと思う。 なぜなら、 多分あなたも、 マスコミにかなり踊らされている一人に過ぎないのだから。

政治や利権が歴史に絡むと、 当事者は自分に都合のよい情報を意図的に創作する。 当たり前のことだ。 だから、 多国間の論争が絡んだ歴史問題の事実を知るのは、 とても難しい。 特に、南京大虐殺とか、従軍慰安婦というのは、 非常に高度な政治的かけひきを含んだ難問である。 そこは、史実に対するプロパガンダ、修飾、演出、捏造の氾濫する世界で、 簡単に結論を導き出せるものではない。 まして、素人が(まあ私もそうなのだが)安易に手を出せるものではない。

基本的に、安倍総理の主張は「(狭義の)強制があったという証拠はない」ということなのだが、 もちろん、ある種のマスコミはこれを、 「強制はなかった」と誤解するように全体を脚色して報道したりするものだから、 うっかり読者がそのように誤解するのは無理のないことだ。 しかし、 その程度を見抜く注意力もないようでは、 慰安婦問題に関しては、議論どころではないと思う。

もし 「強制があったという証拠がない」と「強制はなかった」の違いが分からない のなら、 まず論理学を勉強して、 違いが分かるまでこの話題から離れて欲しい。 この種の論理のすり替えが、 この話題には大量に出てくるのだ。

もっとも、論理学といっても、 日本の中学生程度の学力で十分に理解できる話のはずなのだが。 ちょっと脱線しておく。

もしかしたらこのページを、 小学生のみなさんが読んでいるかもしれません。 ちがいが分からないという人のために、 せつめいします。

「きょうせい(強制)はなかった」というのは、 「きょうせい」がなかったというのはほんとうだ、 といっているのです。 (「きょうせい(強制)」というのは、むりやりなにかをさせることです。)

「きょうせいがあったという証拠(しょうこ)がない」というのは、 きょうせいがあったかなかったかをきめるためのしょうこがない、 といっているのです。 これは、 しょうこがないということだけがわかる、 ということです。 つまり、このぶんしょうだけでは きょうせいがあったのか、なかったのかは、どちらかわからない のです。

河野談話(こうのだんわ)ということばをニュースで見た人もいるとおもいます。 平成5年に河野さんというせきにんあるたちばの人が、 「きょうせいがあった」というはなしをしました。 安倍そうりは、この話を継承(けいしょう)するといっています。 (けいしょうというのは、うけつぐとか、ひきつぐ、といういみです。)

もし安倍そうりが「きょうせいはなかった」と考えていたら、 この話をひきつぐことはできませんね。 だから、 安倍そうりが「きょうせいがあった」と考えていることがわかります。

ただ、 河野さんは「きょうせいがあった」ことを、話をきいただけではんだんしたので、 モノなどのしょうこがないことが、じゃくてんになっています。 安倍そうりは、そこをきっちりしらべなさいといっているのです。

小学生向け、以上。

ここで「先生、慰安婦って何ですか?」という質問が飛ぶような気がしたのだが、 今時の小学生なら知ってるかもしれないが、 その話はまたの機会に。 なお、安倍総理が「強制があった」と考えている、 と断じてしまったが、 実際は、「対外的には強制があったことを前提とした立場をとっている」、 というように解釈すべきだろう。

という訳で話を戻すのだが、 言ってないことに対して「なぜあのように言うのか」 と質問されても答えようもない。 ただ、それだけだと余りにもそっけないので、 実際に安倍総理が言ったことに対して「なぜ」を考えてみることにする。

安倍総理の発言の一例を 正確に紹介したページには、例えば次のように書かれている。

この狭義の強制性については事実を裏づけるものは出てきていなかったのではないか

(「狭義の強制性」を裏づける証拠はなかった — 内閣総理大臣 安倍晋三(しんぞう) β版公式サイト より引用)

日本人は「ウソ」だとか「事実でないこと」に対しては、 かなり過剰に拒絶反応する傾向があるような気がする。 「正直」というのは強烈な美徳であり、 必要であってもウソはつかない。 まあ一般論というか、例外もたくさんありそうですが。

これを示す小話があって、 確か、 「日本人は相手が敵であってもウソはつかない、 ○○人は相手が敵なら平気でウソをつく、 ○○人は相手が味方でもウソをつく」 というようなjokeだ。 「○○」というのは伏せた訳ではなく、 何だったか思い出せないだけだ。 ずいぶん昔に見たものだから。

(…って書いてて自分でもウソっぽい話だなと思うわけだが、まあいいか)

安倍総理の行動には、 その性質が前面に出ているのではないか。 日本の威信とかどうとかいう前に、 真実はどうなのか、という所が出てしまったのではないかと思う。

「狭義の強制性」という言葉も重要だ。 狭義も広義もないと一蹴する人もいるのだが、 この二つには大きな隔たりがある。

疑問を提示した留学生がどこの国の人かは分からなかったが、 この後、フランス語の話が出てくる。 もしフランス語が分かるのなら、 Les Misérables は読んだろうか? Fantine は最後に残ったものを売ったと書いてあったはずだ。 この小説は古典ではあるが、 描かれている状況は今も変わっていないのではないか。

あくまで私見であるが、 阿部首相の言っていることの私なりの解釈をまとめるなら、 安倍首相は 「軍が直接指示して、あるいは拉致・連行などして慰安婦を集めたという証拠が見つからない」というのだ。 だから、さらに調査をして、 正しい歴史を認識する必要がある、 という当たり前のことを言っているだけだ。 簡単にいえば、証拠を探せという話だ。 しかも、それを歴史学者にやらせろと言っている。 これも当たり前の話だ。 プロでないと判断できないような状況が山ほどあるからだ。 それに、政治家は捏造しますよね、いろいろな意味で。

ところが不思議なことに、 その調査をすると困る人が大勢出てくるらしくて、 真実を調査しようとすると、 一体どういう訳だか、 なぜか反対する人が大勢でてきて騒ぎになる。

先ほど、 そこは、史実に対するプロパガンダ、修飾、演出、捏造の氾濫する世界 だと書いた。 一例を紹介しておこう。 4月に、 ある新聞が、強制の証拠があったという報道を行った。 その中に書かれていた証拠の一つが「白馬事件」(あるいは、スマラン事件)と呼ばれているものである。 この事件は戦後すぐに裁判になって有罪判決が出た、有名な事件である。 つまり、2007年になって埋もれていた証拠が発見された訳ではなく、 何十年も前から知られている情報が今頃出てきたのだ。 このよう報道自体が、まず演出だといいたい。 この新聞の記事を見ると、確かに「新たに発見された」とはどこにも書かれていない。 しかし、 この事件を知らなければ、 新しい証拠が出てきたように誤解する可能性があるのだから。

ところで、既知の事件だということは、 当然、安倍総理もそれを知っているはずだ。 仮に本人が知らないにしても、 控えているブレインがそのあたりを詳細に調べた上で言っているということは間違いないだろうから、 公式には、本人が知っている状態だと考えて差し支えない。 その上で「証拠がない」と言っているのである。 この有名な事件は、強制連行の証拠ではないのか? Web には、これが強制連行の証拠だと主張するサイトが多数ある。 検索すれば簡単に見つかるはずだ。

皆さんは知らないかもしれないが、 政府、特に自民党の情報収集能力を甘くみてはいけない。 おそらく、そういうサイトのどこに何が書かれているかなんてことは、 全て洗い出していると思われる。 さらに、政府の怖いのは、非公開とされている資料や極秘情報も入手しているという所にある。 ではなぜ、明らかな証拠があるように見えるのに、 安倍首相は「証拠がない」というのか?

白馬事件にもいろいろな解釈があるのだが、 私は素人だし検証などする力もない。 ということで、うけうり100%なのだが、 それでもとりあえず私見を述べておく。 大雑把だが、 とりあえず、これは次のような事件だとする。

・日本軍占領下のインドネシアで、 軍司令部が自由意志の慰安婦を集めて慰安所を設置するように指示した。 当時の隊長はこの指示を無視して、 日本軍により強制連行されたオランダ人35人を含む慰安所を、 1944年3月に設置した。

・強制連行されたという訴えがあったため、 陸軍省は大佐を派遣し調査を行った結果、 強制連行の事実を確認した。 このため、これらの慰安所は同年4月末に閉鎖された。 しかし、当事者には何の処罰も行わなかった。

・1948年、この事件に対する軍法会議が行われ、11人が有罪となった。 責任者の少佐には死刑が宣告された。

「それは違う」という人もいるかもしれない、 というか、まあ確実に居るような予感がするのだが、 今回は史実を検証したいのではなく、 修飾、演出、捏造の氾濫する世界というのがどんなものかを説明するのが目的だから、 そこには拘らないことにする。 もっとも、真偽に関しては、私見としては、そう外した要約ではないと思っている。

繰り返すが、これは有名な事件だから、 私よりもよく分かっている人が詳細を検討しているはずで、 事実がどうなのか考えたいのなら、そういう書籍、サイトを直接見て、 自分の頭で考えてもらった方が安全である。 ということで、 今回は参考にしたサイトのURLもあえて示していない。

仮に上のような事実があったとすると、 それに対し、 ある人たちは、次のように主張するのである。

主張1
インドネシアを占領していた日本軍は、 1944年3月に、強制的に集めた女性を使った慰安所を設置した。 このとき、軍によってオランダ人35人が強制連行された。 戦後、この事件は裁判になり、有罪判決が下された。

これは先に示した解釈の一部を使って作っているので、 仮定した事実に対する何の矛盾もない。 すなわち、軍による強制連行があり、有罪判決も出ているから事実だ、という演出となる。 ところが、次のような主張も可能である。

主張2:
インドネシアを占領していた日本軍は、 1944年3月に、軍の上層部の指示を無視し、 当時の隊の判断で、強制連行した女性を使った慰安所を設置した。 強制連行されたという通報を受けた陸軍省は、 調査し事実を確認したので、これらの慰安所は同年4月末に閉鎖した。

こちらも元の情報の一部を抜き出して作られているので、 基本的に矛盾はないはずだが、 軍は強制連行をしないように指示していたのに暴走部隊が勝手にひどいことをした、 それを軍の上層部が取り締まって早期に解決した、という印象を与えるように作られている。

事実とされている内容から抜き出す情報の選択次第で、 これだけ正反対の印象を読む人に与えることができるのだ。 そして、従軍慰安婦の問題については、 この種の取り上げ方が、私の印象ではかなり多いような気がするのである。 恐ろしい世界だというニュアンスが分かっていただけただろうか?

事実は事実かもしれないが、 「真実はすべてでなければいけない」(レ・ミゼラブル)のである。

ただ、安倍首相は「強制連行の証拠がない」と言っているのだから、 この史実に関しては、 軍による強制連行というよりは、 軍の指示を無視した一部の軍人による犯罪、 という方向に寄った解釈をしているのではないかと思われる。

4. 日本はどうして死刑を廃止しないのか

かなり偏った私見を書く。 日本は140年ほど前まで武士が社会を支配していた(大政奉還は1867年)。 切腹という風習があったことはご存知だと思う。 自分の命を絶つということで、 ある意味名誉を保ち、同時に責任を負うという態度を示したのだ。

カムイ伝というマンガがあって、 外伝だったかもしれないが、 音也が「そのときは私が死ねばすむこと」みたいなことを言うシーンがある。 それに誰も反論しないというのが印象的だった。

先の白馬事件でも、 現場で慰安所の設置を指示したとされている人は、 判決前に自決しているらしい。 例えば、八甲田山死の彷徨、というノンフィクションがある。 映画にもなっている。 このときも、多数の死者を出した隊の責任者は自決している。

生命に対するそのような考え方、 つまり、最後は死をもって償うしかないという発想は、 日本人の頭の中のどこかに、まだ根強く生きているのではないだろうか?

特に当日の朝まで知らせないというような仕組みがあるにもかかわらず残虐な刑罰という認識はないのか。

星新一のショートショートに、 死刑囚は星に送られて、 いつ爆発するかわからないボタンを押さないと水が飲めない、 という話があるのを思い出す。 逆に尋ねたいのだが、 当日の朝まで知らせないのと、 今年の12月1日に処刑しますと予告するのとでは、 どちらが残虐なのだろうか?

5. 何故石原を選ぶのか

それは選んだ人に質問してみないと…まてよ、 いや、選びましたね、私も。 すみません。

って謝る必要はないか。 いやもう、日本人ってすぐ謝るのだから困るよね。

ということで他の人は知らないが、 私の理由を書いておく。 「他の誰を選んでも石原氏より酷い結果になるような気がした」のだ。 つまり消去法だ。

フランス語についての発言

それは何のことですか?

いや、フランス語に関する一連の騒動は知ってます。 ただ、これも具体的に指摘して欲しい。 何か安倍首相の話と同じ流れになってしまったようだが。

では問題ないというのか、 と言われたら、 そりゃまあないとは言わないが。 石原氏の毒舌は割と有名なことだし。 言い過ぎる傾向があるというのは否定しない。 で、どこが問題なのか分からないと答えようがない。 まず、石原氏の主張を私なりに解釈して要約すると、 次のようになる。

・石原都知事は、 フランス文学が好きで、フランス語が好きでしょうがない。 (だからフランス語の話がでてきた)

・ところが、数字の数え方のようにちょっと難しい所でひっかかってしまって、 そういう所からフランス語を敬遠されるという経験をしたことがあり、 それが非常に残念だと思っている。

・タヒチで使われているフランス語のようなやり方ができれば、 フランス語に関心を持つ人がもっと増えるのではないか。

まあ私の曲解なので、大違いかもしれませんが、 で、 この内容のどこがどう問題なのか知りたい。

いやそれ、報道とはかなり違いませんか、 とか言われても、 どの報道とか示してもらえないと何のことか分からないので困る、 というのはさっき書いたか。 もちろん、曲解と書いた通りで、 意図的に曲解しているわけだから、 報道とは違っているに決まっている。

慰安婦の質問のところで書いたように、 報道を鵜呑みにできない。 それは大前提にして欲しい。 この件は単にフランス語で数がどうだという問題ではなく、 東京都の大学にどう予算を割り当てるか、 という具体的に金銭が動く問題が絡んでいる。 すると、都知事なんて役職にいる人の言動は、 かなりバイアスをかけて報道される。 とにかく、マスコミはわざと誤解されそうな所だけ抜き出すことがあるので、 正しく判断するためには、 できるだけ原文に近い情報をgetして、 前後の文脈も考慮しなければ分からないと思う。

今回疑問を感じている留学生の方が、 何を聞いたのか分からないので反応しようがない所だが、 とりあえず、 例えば、東京都の公式サイトに、 記者に対するこの話題のインタビューが出ているのだが、 (石原知事記者会見録(平成17年7月15日)|東京都)、 もしこれを既に見ていたとしたら、 どの箇所に問題があると言いたかったのだろうか、 あるいは、 ここにはない何かを批判したいのだろうか?

ただ、本当に繰り返して言うけど、 私はインタビューの内容に問題がないとは言ってない。 とにかく言い方が過激すぎるし、 明らかに失言のような箇所も見受けられるし、 失言と言わないまでも、 こんな言い方したら損しそうだとか、 そういう。突っ込みどころがありすぎて何が何だか。 余談なんだけど、 一つ注目したいのは、 次の箇所。

ただ、本当に繰り返して言うけど、タヒチとか、かつてフランスの属領だったところ、 今でも植民地かな、 あそこに行くと原住民たちは実に合理的にフランス語を変えて使っていますよ。 セッタント、ユイッタントということはフランスでは使わないんだけどね。 私は、それが生きている言葉だと思うけどね。

(石原知事記者会見録(平成17年7月15日)|東京都(URLは本文中のリンクを参照)より引用)

ちなみに、スイスでもそのような使い方があるそうだが、 ソレはソレとして、 唐突に日本語の話をしたい。 最近の報道では、 小学生に漢字の読み書きをさせたら「八つ」が読めない小学生が結構いたそうだ。 「やっつ」と読むのが正しいのだが、 「はちつ」と読んでしまうというのだ。

この「はちつ」という発想、フランス語の問題に似てませんか?

「はち」に「つ」という振り仮名を付けたのだから 「はちつ」と読む、という理屈は筋が通っているし、分かりやすいし、 合理的である。 慣習として「やっつ」と読むことになっているからそう読むのだが、 日本語の数詞も実は結構難しい。 「ひとつ」「ふたつ」「みっつ」…だけでなく、 「いちつ」「につ」「さんつ」…という読み方も許容するようにしたら、 世界が狭くなってきた昨今、グローバルに受け入れやすくなるのではないですか。 えーと、ダメすか。 そうですか。 すみません。余談終。

ところで、 国連の公用語は、英語、フランス語、 そしてアラビア語、スペイン語、中国語、ロシア語だ。 フランス語が採用されているのに、 ドイツ語は採用されていない。 国連に限らず、 国際機関の公用語としては、 ドイツ語、イタリア語、日本語は原則として採用されていない。

理由はご存知ですよね?

石原氏の発言には微塵も出てこないが、 フランス語に関する発言の裏には、 そこまで考慮する必要があるのではないか、と思ったりするのだが。 考えすぎかな?

6. 何故日本の選挙はここまで投票率が低いのか

3000人のアンケートをとれば日本国民の総意が推定できるという説もあるようだが…

自分が選ばなくても、 他の人が選んでくれるだろうと思っているとか? 最初の疑問にも書いたが、 日本人は、他の人と行動を合わせる傾向があると思う。 ということは、自分が投票しなくても、他の人が同じ人に投票すると思っているとか?

7. 日本人はNHKを公正と信じているのか

いやそれはありえねーだろ。

と思いたいところだが、結構いるのかも。 私見としては、紅白の結果見ただけでも「絶対ありえねー」と思っている訳で。

8. 何故大学生は勉強しないのか

これも極論しよう。 日本人は、大学に勉強しに行くのではないからだ。

じゃあ何しに行くのかというと、大卒という資格を取るためだ。 なぜ大卒という資格を取るのかというと、 例えば、就職したときの初任給が違うというような現実的な問題もあるけど、 日本人には他の人と行動を合わせる傾向があるからだ。

うーむ、このロジックは意外と便利だな、 何でも使えそうだ。

ここまで英語が出来ないのは何故か。

I'm sorry, I don't know.

程度なら誰でもイケそうだが、 TV番組の影響か何か知らないけど、 保育園の子供とか見ていたら「Ready? Go!」とか言っとるぞ。

日本語できれば英語が全くできなくても日本で生活できるし。 それに、意図しなければ全く使う機会もない。 そう言われてみると私も知りたい。 いや、私も「ここまで」に含まれているのかもしれないな、 と今少し思った。

でも少なくとも私はメールのサイズを「1000 byte」ではなく「1000 bytes」 と書ける程度には英語を使えるし(複数形は中学1年で習った)、 アダルトサイトへの大量の trackback 要求が edu 系のサイトからやってきたので 「ふざけんな、ヴォケ」(意訳)というメールを英語で送る程度は、 実際にした。 もっとも、全部無視されているのだが、実は全く通じていないからなのか。

日本のサイトを見ると、 複数形という概念のない英語を平気で使う人が結構いることが分かる。 複数形というのは確か中学1年生(英語の授業の最初の年度)で出てきた。 それが出来ないというのは確かに理解できない。

質問の項目は以上なのだが、 もう一つ本文中に出てくるのがある。

どうして日本人はここまで悪い政治に黙っているのか

ケースバイケースだと思うけど、 言っても無駄だと判断したら黙ってしまう傾向があるような気がする。 少なくとも、 フランスのように市民が立ち上がって革命を起こすようなレベルには、 まだ不満が至っていない。

極論好きなので、 また無茶なことを書いてしまうのだが、 そういう風に洗脳…というのは言いすぎか、何か植え込まれているのではないか。 つまり、 悪い政治に対しては、 スーパーヒーローが現れて「この紋所が目に入らぬか」と成敗してくれるとか、 スーパーヒロインがおしおきしてくれるとか、 何かそういうパターンが埋め込まれているような気がする。 例えば子供が見るテレビ番組に、 ウルトラマンとか、そういう「悪いものやっつける」系のヒーローアクションものがある。 あるいは、アニメとか見ても、 無茶苦茶強い正義の味方が出てきて、というパターンが多くて、 地味な民衆が蜂起して腐敗した社会を変える、 というのはあまりない。

という訳で、 日本人って結局、 そういうヒーローが助けてくれるのを永遠に待ち続けるのかもしれない。

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