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自己責任という言葉がどこまで考えて使われているか

注意しなければならない、と、イラクで人質になっていた安田氏がインタビューで答えていた。私の見たところ、安田氏というのは今回話題になった5名の中で、一番普通の行動を取っているし、普通の感性の持ち主だと思う。今朝のTVでも出ていたけど、言っていることは、主義の違いとかはあるにしても、当たり前の論理的な筋の通った意見だ。仮にもジャーナリストがハイリスクな地域に行って、人質になるという珍しい体験を得て無事帰国できたのなら、がんがんマスコミに出てアピールするチャンスなわけで、そういう意味でも当然の行動をしているに過ぎないのだが、先の人質の3名、ボランティアはともかく、フォトジャーナリストいませんでしたっけ? なぜ自分の言葉で伝えたいことを語らないのだろう? 弁護士に口止めされているのかな。何で弁護士が出てくるのか謎だが。

自己責任という話題に対する回答で。「注意しなければならない」というのは、肯定とも否定ともとれないが、インタビューを見た感じでは、もちろん自己責任があるのは当然だが、その範囲を拡大しすぎてはならない、というような感じの言い方だった。自己責任という縛りで、表現の自由とか行動の自由を制限されては困る、というような含みがあるのだと思う。これが某新聞の文脈では、自己責任なともってのほか、みたいな感じで紹介されていたのは、さすがプロというか、ライターの一人として見習わなくてはいけないテクニックだとマジに思た。

特に先に人質になった(とされている)3名に対して、立派なことをしているのに自己責任を求めるのはおかしいという意見も出ているようだが、私の見る限り、この3名、人質救出にかかった少なくとも20億円といわれている費用、払ったとは思えないのだが。単に交通費払っただけで自己責任なのか? 殆どの費用は政府というか税金から払われているのではないのか?

人質事件がなかったら、20億円の援助をイラクの困っている人たちに贈ることができたのかな、とか思った。まあ多分あり得ないけど。

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» さすがだね、安田純平さん [たなぼた]
イラクで17日に解放されたフリージャーナリストの安田純平さんらが日本に戻り、さっ [続きを読む]

受信: 2004.04.28 11:11

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